| パブリックアート(PublicArt)へのメッセージ |
| 高岡第一高等学校 松尾 豊 |
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| 「パブリックアート(Public Art)」という言葉は、1960年代にアメリカで生まれた言葉である。日本では、ニッカンの情報収集部門を「パブリックアートライブラリー」(PAL)と命名した1987年の末頃から使用されはじめたと言われる。しかし文献上公的機関に最初に発表したのは、宮城教育大学の新田秀樹である。「現代アメリカのパブリック・アート」と題して『宮城県美術館研究紀要 第3号』に1988年の段階で発表している。 「パブリックアート」の概念はいまだ確立されていないが、ここでは「市民が自由に出入りできる公共の空間にある造形物」と定義しておきたい。日本でも野外(屋外)彫刻が急増した80年代後半に「彫刻のある街づくり」を自覚的に意識した自治体が増加したのは当然であるが、「パブリックアート」の呼称の登場と「彫刻のある街づくり」の急激な増加は決して偶然ではなく、共通の意味性が内包されていたと思える。それはアートの公共性という、一見矛盾したアートの様態への模索にあったのではなかろうか。 このページではこれらの点に着目しながらも、その意味性を視聴者の判断に委ねて行きたい。そして、以下の2点を発信して行きたい。第1に、「彫刻のある街づくり」に取り組んできた、又は現在も取り組んでいる各地の自治体の姿勢等の報告とその市町村内の作品の紹介。第2に、発信者、松尾豊(現在高岡第一高校教諭)の「パブリックアート」研究の業績報告である。 (移設や撤去により所在が不明な作品もあります。2006年4月改訂) |
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目 次 |
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T.「彫刻のある街づくり」の代表的都市 |
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U.松尾豊の研究業績 |
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